2009年4月アーカイブ

人間といういうものは完璧ではないことを・・・ 恐らく誰もが知っています. 真面目な話をしている時よく使われる言葉のなかに, 神さまは完璧だけれども,人間は完璧ではないから・・・ という台詞がありますが,この言葉が使われるときには人はその不完全さゆえの心のあり方やそれに伴う行動の中に誤りを見つけて,少しでも「完璧に近いように」修正していきたい,或いは,修正してあげたい,と心に思うところがあってのことではないかと思うのです.

人は育った環境によって,考え方や行動における一種の習性,また,身に付ける知恵や知識などを習得していきます. 従って,経済的に贅沢な環境で育ったからといって,厳しい経済環境の中で育まれた人よりもたくさんの事を学べるわけではなく,また,良い知恵を身に付けられるわけでもありません. そのような場合にこそ,むしろ,そこに大なり小なり自分の思うに任せぬ苦労がないと,良好な環境がゆえに多くの事を学ぶ機会を失い,良い知恵も育まれないままに時を過ごしてしまうのではないかと思っています.

少し話が逸れてしまいましたが,始めに戻って・・・ 人間は完璧になることはできません. 別段,誰しも自己自身の生き様に対して誰かに言い訳をするつもりはないかと思いますが,ひとつだけはっきりしていることは,人の不完全さや弱さ,迷いや,欲望,という凡そ人間を負の方向に導いてしまう心の動きに翻弄されて,人は間違いを犯しては反省し,また,間違いを犯しては修正し,という生き様を晒していくことになるのではないかと思っています. いわゆるこれこそが人生そのものではないでしょうか・・・☆

人は,なにかをおこなう時には,大人になればなるほどに,普通は当然にその結果に対しての責任の取り方や,身の処し方を決めてから実行をするものです. しかし,ここに大きな盲点があって,自分の頭の中で考えられる範疇の責任の取り方や身の処し方では来るべき将来の現実に対応しきれない場合が往々にしてあります・・・ それは,将来には,自分の想定範囲外のことが自分以外の世界にも自己自身の内面にも生じることが侭あるということです. 自己自身の価値観の変遷は基より,自分の知らなかった 大切なもの や 大切なこと が 自分の中にはっきりとした形で見えてくることがあります. 恐らく,これが 人の成長 ということであり,このことは,人間が不完全であり,それでも心の修正による内面の革新がなされ,それを繰り返しながらも完璧にはならずに不完全のままである以上,生きている限り永遠について回る人生の命題であると思うのです. そして,まさに,この部分に,人がその不完全さのゆえに人同士が理解しあうのに時間が掛かってしまう要因があり,もっと言うのなら,人と人の間に誤解が生じて身動きが取り辛くなってしまう要因が存在しているのだと思います.

人は誰でも将来のことは見えません. だから,過去におこなった行動や言動が,未来の自分が気づくべき本当の価値観や,その気づくべき自己自身の真実の価値観によって見いだした,本当に大切な人 や 本当に大切なもの に対して,来るべき時点が到来したときに言葉上では弁解のしようのない事態に陥ることがあります. しかし,これはある意味で,どちらの行動や言動もその時点時点においては弁解のしようのない真実であり,もしそれが過ちであるとするならば,それは,積極的に人生を生きたゆえの過ちであると考えるほかに救われる手立てはありません.

この幾つになっても生じる若さゆえの過ちが,自己自身ではなく, 本当に大切な人 や 本当に大切なものとの関係の中で真の理解を得たときに,人は,真実の幸福を得られるのではないかとおもいます・・・ ◎

 

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お願いしますよっ(笑)

SUMMICRON(ズミクロン)! といえば, Leica(ライカ)製レンズの中でも最もよく聞く名称だとおもいます (^O^) SONNAR(ゾナー)PLANAR(プラナー) と聞けば,すぐにZEISS(ツァイス)! と頭に浮かぶのと同じようなものでありましょうか・・・☆ 8枚玉・SUMMICRON とは,どこかで聞いた言葉 「Leicaはその場の空気感まで写しとる!」と言われるに至った銘玉でもあります・・・ o(^O^)o

尚,そんな SUMMICRON の名称は,ラテン語のSumma「最高のもの」に由来していて,SUMMICRON の MICRON は 細微なるもの を表しているということです. そして,このレンズはその名前の示す通りに,ライカレンズの血統の中でも極めて高くその秀逸性を評価されているように感じます (^O^)

さて,前置きが長くなりましたが,デジタルカメラの世界では,コンパクトデジタルカメラのフラッグシップ機種として現在,Leicaからは D-LUX4 が,そして,Panasonicからは LUMIX LX3 が発売されています. ご存じの方も多いとは思いますが,この二つの機種は 「ほぼ」同一の機種 で,両方ともにPanasonicの製造管理の下に市場にでている製品です. この二つの機種は,ボタンの配置なども含めてその形状はほとんど同じで,内部を構成するパーツもほとんど同じ,異なっているのはインプットされているデータの内容の一部と,データ的に明確になっている論拠はないものの,レンズのコーティング技術に違いがある程度だとも聞いています. また,この両機の光学系には,先に述べた VARIO SUMMICRON (F2.0) が搭載されています・・・☆

尚,価格は,現在の国内における価格では,D-LUX4は 95,000円~105,000円程度,LX3は 38,000円~55,000円程度だと推測しています. しかし,ハードもソフトもほぼ同じということでは,実際の購入にあたって,D-LUX4をチョイスしたい場合には,この大きな価格差に対して躊躇してしまう方が多いのではないでしょうか・・・ (^^;

よく耳にする話に, 外観的な雰囲気は圧倒的にDLUX-4が良い! というものがありますが,かくいう私もその意見には同意するものであります (^^)  端正なブラックボディにピンポイントでLeicaの赤いシンボルマークをまとったその勇姿は,撮影時のホールディング性を多少犠牲にしたといえども(^^; 最近のM型Leica を彷彿とさせる素敵な形をしています・・・☆

ところで,レンズの秀逸性を語る場合には,現在のようにクリアで精度の高いレンズ製造技術が浸透した状況では,ガラスでもプラスティック系の素材でも大変に良いものが製造しやすくなっており,従って,レンズのコーティング技術の秀逸性は「更に」の部分でレンズの良し悪しを決める重要且つ大きなファクターになっています. 簡単に言いますと,レンズのコーティング技術そのものがレンズの秀逸性に占める割合は,近時極めて大きくなっている,ということになります・・・☆彡

更に,いわゆるLeicaらしい(微妙な表現ですが・・・ (^^; )描画をデジタル的に取得するために,DLUX-4とLX3とでは製品内部に使われている画像処理に関わるソフトウェアが若干異なっている,とも言われていますが,その端正な形状もさることながら,これこそまさに "son of M8" と呼ばれている所以でしょうか・・・ (^O^)

D-LUX4 で raw mode 撮影 した時に得られる描写は,Leica Camera社は基より,これまで永くLeicaのカメラで銀塩写真を撮影してきたLeicaユーザー自身が「これこそLeicaの絵作りだ!」と納得できるほどの描画性だと言われています. D-LUX4のシステムは,銀塩Leicaで言われているところの ハードウエアによる Leicaのカメラシステム という発想ではなく,デジタル撮影であることを考慮し尽くした上での 内部,外部のソフトウェアを含めたLeicaのカメラシステムである,ということができます. それは,Leicaの絵作りに最適化されたカメラ内部の画像処理ソフトやパッケージに付属する現像ソフト Capture One 4 への撮影データの詳細な受け渡し処理などに如実に見て取れる部分ではないでしょうか. このようなLeica Camera社自身の拘りとも言える部分は,LX3には与えられていない部分であり,D-LUX4独自のものであるといえます・・・☆

スピーカーやイヤホンから出てくる音色然り,撮影された写真の描画性然り,で,これらは基本的に聴いて,見て,感じた人間の感受性による優劣の評価が大きいことから,それぞれの機種で撮り比べた写真を比較してみても,ハードもソフトも「ほぼ」同じであるこの二機種においては大きな優劣を付け難いとおもわれますから,あとは実際の描画を見て,感受性で「なんとなくこちらの方が好み!」という点が見つかれば,そちらをチョイスする,そして,重要なファクターのひとつである「外観」とブランドメリットによる「満足感」,これらを総合的に評価して選択する製品を決めることになるのではないか,とおもいます.

実は,かくいう私もこの二機種を比較検討することになったのですが,道具というものは愛着が持てるに越したことはない,とおもっていますので,デジタル機器の進化とそれによるプレミアム性の喪失も考慮に入れると,長くそれが保たれるM型Leicaとは若干方向性が異なるのかなぁ・・・ と,おもったりもします・・・ が,やっぱり,D-LUX4は数あるコンデジの中でも抜群に格好良く,誰かのために購入を検討するのでしたら,間違いなくD-LUX4,自分で使用するならLX3というような感じになるのではないかとおもっています・・・ ◎

 

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随分と訳の分からぬ仕事が立て込んでいるうちに,すっかりと日にちを過ごしてしまいました・・・ (^^)

ここのところいろいろなことが重なって,ゆっくりとした時間も持てないままに・・・ 気がついて振り返ると,公園のたちも今この時をみてあげないと,あっけなく散ってしまうような,そんな季節を迎えていました・・・☆彡

個人的には幼い頃から桜が好きでした・・・☆ 満開になった桜の下に茣蓙を敷き,みんながとても楽しげに歓談に耽る・・・ 大人たちは杯を酌み交わし,子供たちはお菓子を食べて・・・ 仲間や友達とはしゃいでいる姿は傍目に見ていても楽しいものでした. 小さい頃はその意味がよく分かりませんでしたが,恐らくその情景に平和と一種の安らかさのようなものを感じていたのかもしれません・・・☆彡

月日は流れ,大人になる前の少しの期間,淡い想いを胸に抱えて桜の花びらの下をせつなく歩く・・・ というような凡そ私には似つかぬ光景も当時はまったく考えたりしないわけでもありませんでしたが・・・ (笑) 太陽の下に美しく,また光をあてがわれた夜桜もまた更に美しく・・・ そのようなわけで,毎年この時期には,閑散,繁忙,に関わらず,桜のある情景を下手な写真に切り取ることが時節の行事のひとつにもなっています・・・☆

桜といえば,春を想い,春といえば,自然の中にも新しい息吹が芽を吹き始める季節ですが,今年は世界的な経済環境の悪化が進行したこともあって,すんなりと新しい芽を待つだけの季節とはいかなくなりました. こうした時代には,新しい息吹が芽を吹き始める前に,或いは,新しい息吹が芽を吹き始めるために,一度耐え難い辛苦や,艱難を必要とせざるを得ない場合があります.

今年の初春のことですが,私が鎌倉に初詣に行った日は,その時節にあっては大変に珍しい暖かな小春日和で,今年一年の平安と心の豊かさを暗示しているような,穏やかな,心暖かな一日ではありましたが,今年の春は冒頭に書いたように,つとめて忙しい春となってしまいました・・・☆

しかし,そんな今年の初詣の日には,柄にもなく鎌倉で和歌を一首詠んでいます・・・

 

・ 手にとりて 身に茜さす紫の にほえる妹と みち往ける春 ・・・ Sandy Bridge

 

どのような時代に出くわしたとしても,自分の力で,仲間の力で,のどかで,平安で,豊かで,晴れやかな時代にするように,真っ直ぐに生きるということは,自分の,自分たちの後の結果にとても大きな影響を及ぼすものだと思っています.

いつの時代であっても・・・ 自己自身の行動や身の処し方は,時代のせいにするべきではありません.

 

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